<第165回例会・総会>
シンポジウム「米、そば、大豆の最近の研究から」
 
 日時 2016年2月6日(土) 13:00〜17:00
 場所 神戸女子大学 教育センター
日本穀物科学研究会
米飯のおいしさ解明の最前線
-米胚乳中酵素の作用および多成分一斉分析に着目-

東京農業大学 学長
高野 克己 氏
 日本人の米飯の食味評価では粘りと硬さの影響が約7割を占め、「柔らかく、粘りが強い」米飯が好まれる。現在は、良食味に対する嗜好が高まりコシヒカリおよび近縁種が米の生産の8割以上を占める状況となり、従来手法による食味評価が難しくなった。米飯の食味には、気候、生産地および栽培条件がさらに関与すること、貯蔵条件、期間および炊飯プログラムなどによっても左右される。このように米飯の食味に対し多くの要因が関わっていることが、米飯の食味評価をより複雑にしている。
 我々は、炊飯過程中での澱粉や細胞壁多糖の熱による物理化学的な変化を解析すると共にこれらが酵素作用によって分解されていることを見出した。炊飯中に溶出した澱粉が胚乳アミラーゼの作用を受けてその構造が変化し、独特の粘りが形成されること、炊飯中の細胞壁多糖分解酵素作用により細胞壁多糖が分解して米飯が柔らかくなり、炊飯中でのペクチンの分解量と米飯の硬さの間に負の相関を明らかにした。さらに、ペクチンの分解に関与するポリガラクチュロナーゼを初めて穀物の胚乳より分離精製し、その作用が米飯の硬さの形成に大きな要因の一つであることを明らかにした。
 胚乳中の酵素活性量は、品種、産地、気候、栽培および貯蔵条件などの差異により変動する。その動態解析から、品種、気候、栽培条件および貯蔵条件と精米の理化学的特性および米飯食味の評価との関係を解明する指標として利用を考察した。また、その多様性と変動について酵素活性量を変数としたケモメトリックス解析を行い、品種、産地、気候、栽培および貯蔵条件などの特性でコメをグループ化ならびに判別することが出来た。さらに育種や生育状態評価のマーカーや食味評価の指標にも、「米胚乳酵素活性量の解析」が応用できるように進めている。
 さらに、炊飯中に熱的および酵素作用による様々な化合物が生成、消失する、それらの変動のプロファイルと米飯の食味形成と食味評価の関係を、低分子量化合物を網羅的解析手法にて解析している。米飯の食味評価において硬さと粘りなどの物理的な味が大きく関与し、化学的な味の役割は明確にされていない。米飯の低分量化合物の動態を把握することにより、食味および評価の全体像を明確に捉えることが出来るものと考えている。
101
102
103
pict
世界の蕎麦の利用と研究
神戸学院大学 栄養学部 教授
池田 清和 氏
 蕎麦(Fagopyrum spp.)は、世界各地で広く利用されている世界的伝統食品である。栽培種としての蕎麦には、普通種とダッタン種がある。筆者は、重要な食糧である蕎麦について、健康にかかわる特性(栄養特性)や、嗜好にかかわる特性(嗜好特性)などについて永年研究を行って来ている。本講演では,蕎麦の利用と諸特性について述べたい。
 我が国では、古来貴重な食用作物として広く利用されて来ている。麺(そば切り)が最もよく利用される加工食品であるが、この他にも様々な形で利用されている。中国は、蕎麦の発祥の地であり、蕎麦が広く栽培・利用されており、様々な蕎麦食品(蕎麺)が見られる。他方、欧州でも蕎麦は南欧・東欧を中心として伝統的に利用されている。最近では、セリアック病の代替食品(gluten-free foods)として大きく注目されている。
 蕎麦粉には、ヒトの健康に関係する様々な成分が含まれている。特に、タンパク質、食物繊維、ミネラル、ビタミン、ポリフェノールなどに富み、当該成分の大切な供給源である。他方、食べ物は、私達に単に栄養素を供給するのみならず、楽しみを与えてくれるものである。このため、食べ物の特徴を正しく理解するためには、1つには栄養特性を明らかにし、もう1つにはおいしさに関係する性質について解明することが重要となる。かかる研究を通じて、筆者は21世紀の新しい学問として「分子調理学」という新学問の必要性を提唱し、当該新学問的確立を目指している。我が国のそば麺を考えると、その製造技術は繊細な職人的伝統技法によって美味な麺がつくられるが、このような伝統的技法の中に潜んでいる分子論的基盤を確立することが重要となっている。
 蕎麦の品質、中でも栄養や嗜好に関係した品質には、多くの関心がもたれている。しかし、蕎麦品質に関する知見は十分得られているとはいえないで、蕎麦品質の学問的解明は重要な研究課題となっている。
蕎麦は、世界的伝統食品としてその良さをもちながら、今後とも永く利用されていくと思われる。筆者は、蕎麦研究のさらなる発展のために微力ながら努力したいと思っている。
201
202
203
pict
「大豆」 日本食の力
フジッコ株式会社 開発本部研究開発室 室長
戸田登志也 氏
 日本人は大豆を縄文時代から食用にしてきたと考えられており、さまざまな調理、加工方法を発達させてきた。そのため、欧米人と比較して、日本人の大豆摂取量は極めて多い。
 大豆はさまざまな栄養素や機能性成分を含有しているが、なかでもイソフラボンは他の食品素材にはほとんど含まれない特有の成分である。欧米人と比較した時、日本人の心臓病、乳がん、前立腺がんによる死亡率などが低いこと、更年期女性のホットフラッシュなどの不快症状を訴える人が少ないことなどが、大豆イソフラボンの摂取量の差によるのではないかと考えられ世界的に研究が進められたきた。
 大豆イソフラボンは植物エストロゲンとも呼ばれ、生体内でエストロゲン様に作用する。骨粗鬆症は、特に閉経期を過ぎた女性に多い疾患であり、骨吸収抑制作用のあるエストロゲンの分泌が急激に低下して骨量が減少するために発症する。
 フジッコでは、大豆煮豆製品の保存中に発生する白斑状の物質がイソフラボンであったことからその生理作用についても研究を行ってきた。動物実験では、卵巣を摘出した骨粗鬆症モデルに対して、大豆イソフラボンを投与することにより骨吸収が抑えられ、その結果、骨密度および骨強度の低下が抑えられることを明らかにした。また、更年期の女性を対象とした臨床的試験においても大豆イソフラボンが骨吸収を抑制することを示した。
 大豆イソフラボン含有飲料である「大豆芽茶」は、「骨の健康が気になる方」に適した特定保健用食品として消費者庁から許可されている。また、昨年施行された機能性表示食品にも大豆イソフラボンを関与成分とする製品が受理されている。
 2006年に厚生労働省は、大豆イソフラボンを関与成分とする特定保健用食品といわゆる健康食品から日常の食品に上乗せして摂取する場合のイソフラボンの上限値をアグリコンとして30 mg/日と設定した。しかし、一般の大豆食品からの摂取については制限されていない。
 閉経後の女性を対象とした無作為比較試験で、骨密度の維持、改善、ホットフラッシュなどの更年期症状の改善に対して効果がみられる大豆イソフラボンの摂取量は50〜80 mg/日である。また、コホート研究の結果から、がん罹患リスクの低いグループのイソフラボン摂取量は40〜80 mg/日程度であると推算される。
 日本人は欧米人と比較して大豆の摂取量は多いが、過剰に摂取しているとは考えられず、大多数は健康への効果を期待するのに十分な量は摂取できていないと考えられる。さまざまな栄養素と機能性成分に富む大豆食品をもっと積極的に摂取するべきである。
301
302
303
space
日本穀物科学研究会
2016年度総会の様子
401
402
403
日本穀物科学研究会賞
  永年にわたり当研究会の発展に尽力された、森田尚文氏、弘中泰雅氏が日本穀物科学研究会賞を
  受賞されました。
501
502
503
日本穀物科学研究会

PageTop

  • 日本穀物科学研究所
  • 会員専用ページへ