<第180例会>
 
 日時 2019年11月30日(土) 13:00〜17:10
 場所 神戸女子大学 教育センター
日本穀物科学研究会
「食品の官能評価と構造・物性からの食感」


明治大学 農学部農芸化学科食品工学研究室 教授
中村 卓 氏
 食品に求められる属性として、安全・健康・おいしさ・価格がある。我々の研究室では「おいしさ」を食品サイドから追究し、食品構造からおいしい食品をデザインする『食品構造工学』の確立を目指している(図1)。おいしさは咀嚼による食品構造の破壊に伴う変化にあるという立場から研究を進めている。食品の視点からおいしさの要因を整理すると、化学的な風味と物理的な食感(テクスチャー)に分けて考えられる。この食感は咀嚼による食品構造の破壊過程で力学特性と構造状態の変化が知覚・認知され言葉で表現される。つまり、食品構造が食感を決定すると考えられる。そのため、@タンパク質・多糖類・油脂のような多成分の高分子が食品加工(混合/加熱/冷却)でどのような過程を経て食品構造を形成するのか? A形成した食品構造が咀嚼で破壊され、どのような力学特性と構造状態から食感が発現するのか? これらの過程を具体的にイメージ化できれば、効率的なものづくりとおいしい食感の実現につながるものと考えられる(図1)。
 食感を意味する言葉を整理すると知覚レベルと認知レベルの2種類があると考えられる(図2)。知覚レベルの食感は生得的な感覚からなる。物理化学的で物性(物理単位)と相関が認められる。この知覚レベルは力学特性と構造状態(幾何学特性)に分けられる。力学的特性は力と変形・流動の関係に関する学問であるレオロジーを基盤とした粘弾性として食品自体が理解されている。構造状態は幾何学特性ともいわれており、摩擦や粗滑に対応するものである。食品と口腔内の界面における摩擦や潤滑はトライボロジーを、食品自体の粗さや大小などの形態はモルフォロジーを学問的基盤としている。
現在の食品開発では、知覚レベルの食感表現(かたさ・粗さ等)ではなく、おいしさを示す感性的な食感表現(もちもち・クリーミー・口どけ等)の実現が求められている。そのためには、おいしさを表現する感性的な食感表現を具体的に制御可能な食品属性に見える化する必要がある。例えば、ヒトが評価する官能評価を用いて、「もちもち」食感や「口どけがよい」のようなおいしさを示す感性表現をかたさや粘りや摩擦等の物理的単位と相関性のある知覚レベルの食感変化へ翻訳する。また、咀嚼のモデル破壊として機器分析で力学特性を測定し、構造状態を観察することで、破壊のメカニズムを明らかにする。これらの結果と時間軸と口腔部位を意識した官能評価を相関づける。このように、食品の破壊過程における力学特性(レオロジー)・潤滑(トライボロジー)・構造(モルフォロジー)の変化を解析し、咀嚼中の知覚食感の変化に対応した機器分析結果の変化としておいしい食感を2次元マップ化する。この『テクスチャマッピング』により、例えば「口どけ」で表現されるおいしさを、ヒトそれぞれの一言で終わらせるのではなく、テクスチャマップ上のどの特性をどのタイミングで重要視するのかが異なるためと視覚的にわかりやすく説明でき、さらなる食品開発につながると期待される。
 本講演では、特に食品の破壊構造と物性に焦点をしぼり、モデルゲルを用いて、タピオカ澱粉ゲルの伸展性と「もちもち」食感の関係をしめす。また、パンやケーキの「口どけ」食感のテクスチャマッピングの事例を紹介する。食品は複数成分が多様な局在構造をとる個別事例である。しかし、食品構造の形成と破壊の過程を見える化し「食品構造の制御によりおいしい食感をデザインする」考え方と「テクスチャマッピング」の手法は全ての食品の開発に応用できると期待している。
図1
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図2
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中村先生
日本穀物科学研究会
「食物繊維β-グルカンを多く含み健康機能性に優れる大麦ともち性品種の生産拡大」


国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構 次世代作物開発研究センター 企画管理部企画連携室長 柳澤貴司 氏
 ここ数年、もち麦(=もち性大麦)という食材がクローズアップされ、消費が拡大している。コンビニのおにぎり売り場に、もち麦とか、スーパー大麦という記載が見られるが、もち麦とはもち性の大麦のことである。大麦は水溶性、不溶性とも食物繊維を豊富に含んでおり中でも水溶性β‐グルカンの含有量が多い特徴を持つ穀物である。β-グルカン含有量は、一般的にはもち性の方がうるち性より高く、また大麦の穀粒を搗精(穀粒の外側を削る)した精麦の方が、原麦(穀粒)よりも高くなる傾向にある。
私たちのグループは「機能性をもつ農林水産物・食品開発プロジェクト」の中で取り組んだ日本人を対象とした長期間のヒト介入試験で、もち性品種の精麦を使いβ‐グルカンを一定以上大麦ごはんとして摂取すると内臓脂肪が減少する結果を得られた。またβ‐グルカンを多く含む食品ほど糖質の消化吸収が抑えられ、急激な血糖値上昇を抑制できることがわかった、これはパンの材料の一部を大麦粉に置き換えた試験でも認められた。さらに血糖値の上昇だけでなく低下も抑制し、食事による日内血糖変動の幅を減少させる結果が得られた。
 このような研究成果が得られたことに加え、日本では高齢化の進行にともなう消費者の健康志向が強くなっている。マスメディアが大麦の健康機能性について定期的にとりあげて、これが認知・浸透してきたことがもち性大麦の生産増加の背景にあるのだろう。またβ‐グルカンの機能性表示食品の市販・流通の効果や製品を作る側の強い国産要望も後押しをしているのではないか。
 農業生産者は売れる水田作物を求めており、小型の大麦用の精麦機が市販・流通して、少量で大麦の搗精ができることが消費拡大につながっている。全国の道の駅で販売されている精麦をよく見かけるようになったことがその例である。
 私の属する農研機構では、国産大麦を生産し、使ってもらうには「価値」を高めて「売れる品種」が必要と考えて研究開発を進めている。全国に育成拠点があり、何年も前から準備して日本各地の気象に適応し、多収で病害抵抗性を有する系統をこの数年で「品種」として一般栽培できるように世に送りだしてきたのである。研究者自身が多くの展示会やマッチングイベントに積極的に参加して普及活動をしてきたことも加えたい。こうして全国的にもち性大麦品種の栽培面積が増加し、2015年産では生産量が200tあまりだったが、2019年産では8000tを超えている。ただし、これだけでは国内の需要量には足りないため外国産のもち麦輸入量も増えている。
 もち性品種の生産は増加しているが、国内産の大麦生産を今後さらに拡大するためには、新たな大麦食品への利用を図ることや食材の多様性にカギとなる大麦粉の加工適性を高める研究を進める必要があろう。またニーズが高まる高齢者食、介護食への利用やエンドユーザーの拡大のためにPRが必要である。  
 大麦はビール・焼酎・麦茶・味噌などにうるち性品種が加工・利用されてきたが、もち性品種は同じように使っていけるかの課題はあるだろう。生産に目を向けると、生産者の減少、耕作放棄地増加の問題が顕在化しているが、一方で生産の大規模化が進み、耕作放棄地での生産の取り組み事例がある。生産者と産業界の両方に国内産大麦が貢献できるように「大麦の生産を広げ、消費を拡大し、みんな健康になりましょう」と呼びかけていきたい。 
参考資料:
健康機能性が期待できるもち性大麦品種の育成と進む普及 農研機構技報 No.1 (2019)p16-19   https://www.naro.affrc.go.jp/publicity_report/publication/files/naro_technical_report_no1_06.pdf
国産「もち麦」、今がチャンス 農業ビジネス veggie 2019 vol.27秋号 p72-75
柳澤先生
柳澤先生スライド
日本穀物科学研究会
「マイナー穀物(子実用トウモロコシ・ライムギ・ライコムギ・ソルガム)の北海道における生産と加工・利用の可能性」


酪農学園大学 農食環境学群循環農学類 作物学研究室 教授
義平大樹 氏
はじめに
 日本の穀物自給率は約28%で、他の大部分の先進国に比べて低いことはよく知られた事実である。農業側の穀物生産の立場からみると、グローバルな価格競争を重視した各種協定が国家間が交わされている時代とはいえ、重くのしかかる数字である。日本の主食や穀物利用文化の礎を支えるコムギ、ダイズは、品種と栽培技術の改良などの生産技術、一次加工、二次加工技術の研究が、日本においてはかなり進んでいるにも関わらず、その国内自給率はそれぞれ13, 7%と非常に低い。ましてや、現在、流通利用体系が十分に確立されていないマイナークロップにおいては、生産サイド、加工サイド、実需消費サイドがその有用性が発揮される場面を確認し、情報交換して歩みよる過程を経なければ、国内農産物・加工品として実用化し流通する道は険しいことは言うまでもない。子実用トウモロコシ・ライムギ・ライコムギ・ソルガムについて、その有用性と普及上の課題について紹介したい。

1.子実用トウモロコシ
 トウモロコシは、世界の3大作物の一つで、最大の生産量を誇る。しかし、日本においてトウモロコシと言えば、スィートコーンやサイレージ用を指し、子実用トウモロコシの認知度は低い。しかし、世界のトウモロコシの流通量の90%は子実用である。トウモロコシ子実の生産技術、加工技術は確立されており、国産トウモロコシ子実の食品利用は、技術的に十分可能である。
 しかし、内外価格差が大きいため、子実利用は飼料用が100%で、食用としての利用は皆無であるが、年間800万tの需要があるので、補助金などの支援策があると成立し、安全性を求める消費者の声をマッチすると、一挙に流通する可能性がある。
子実多収となるほど生産コストは低下するために、最も多収となる栽植密度や栽植様式(千鳥播栽培や狭畦栽培)について研究している。

2.ライムギ・ライコムギ 1)ライムギ
 ハード系のパンを好む消費者やホームベイカリーを楽しむ人が少しずつ増加し、その一部の人は安全性の高い国産ライムギ粉を求めているが、食用ライムギの栽培は日本においては非常に少ない。国産ライムギの製粉を実施している北海道内の製粉メーカーも現在は栽培し製粉すれば、高値で売れる状況にあるとしている。
 しかし、現在、日本で普及しているライムギ品種はほとんどが緑肥用または飼料用であり、子実収量が低く食用に適していない。また、北海道を含めて日本では雨量の多い気候で栽培されるため、長稈ライムギは倒伏する場合が多く、コムギに比べて栽培しにくい。
 そこで、短稈ライムギ品種の開発に取り組む一方、現在の長稈品種でも倒伏を防止しつつ多収となる播種量や窒素施肥配分、稈伸長抑制剤の利用について研究している。

2)ライムギ
 ライコムギ(Triticale)は、コムギを母親にライムギを花粉親として交雑し染色体を倍化させた新種のムギ類である。北海道の多収コムギ品種きたほなみに比べても20〜30%高い品種も存在するが、一部の病気に対する耐病性が劣るものもあり、北海道に適応し多収を実現し栽培しやすいライコムギの品種の選定を実施している。その一部を酪農学園大学産ライコムギ粉でつくったライコムギクッキーとして、江別市内の福祉事業所に依頼し、製造販売している。また、農産物加工分野の農福連携(農業と福祉のコラボレーション、障がい者の農業参加)の一環、大学の地域貢献としても位置づけ実施している。

3.ソルガム
 ソルガムは、西日本を中心にトウモロコシに次ぐ長多収の飼料作物として普及している。また、ソルガムは、利用形態や生育特性から@スーダングラス Aスーダン型 Bソルゴー型 C兼用型 D子実型に別れ、子実型(グレイン)ソルゴーの中にソルガムきびとしてグルテンフリー食品として利用可能な品種が存在する。しかし、日本において食用を前提としたソルガムの育種についてはほとんど実施されていない。また、ソルガムは高温条件ではトウモロコシを上回る成長速度を示す一方で、低温には弱く北日本では、低温発芽性、低温伸長性が問題となる。
 しかし、温暖化が進む現在では北海道の内陸部では、かなりの生産量を示す品種も確認されており、上記5タイプで北海道に適する品種の選定を実施している。

おわりに
 子実用トウモロコシ・ライムギ・ライコムギ・ソルガムとも、日本において本格的な生産・流通・販売に発展する潜在性を有しているものの、@生産技術、A加工技術およびB両実施者と消費者が利用可能な価格設定の可能性のいずれかにハードルがあり、本格的な普及に至っていない。関係者の継続的な情報交換と技術開発が不可欠である。
義平先生
義平先生スライド
日本穀物科学研究会
「Cereal & Grains 19(旧AACCI)年次大会報告」


日本製粉株式会社 フードリサーチセンター長 兼 基礎技術研究所長
大楠秀樹 氏
1.概要
(1)2019年11月3日〜5日、米国コロラド州デンバーのシェラトン・ダウンタウン・デンバーの4会場で、9月に名称が変更されて初めての年次大会が、約700名が参加して開催された。
(2)今年のメインテーマは「グローバルフードシステム」で、1日目は「食料安全保障」、2日目は「バリューチェーンの革新」、3日目は「健康とウェルネス」に関連した講演が行われた。
(3)シンポジウム・ポスターとも、健康や機能性、バリューチェーンに関する内容が多く、AI、ゲノム編集、代替肉などの最近のトピックスも取り挙げられて、幅広い分野の発表がなされた。 各セッションには、それぞれApplied Research(応用研究)、Fundamental-Basic Research(基礎研究)、Nutrition(栄養)、Processing(加工)、QA-QC(品管)のタグが付与されており、興味のあるセッションを見つけやすくなる工夫がされていた。

1.基調講演: 持続的食糧生産、人工知能、革新について語られた。
(1)90億人を養う:柔軟に、根拠に基づいた持続可能な道へ(ナビーハ・カジ、コンサル会社)
 Feeding and Nourishing Nine Billion: Charting a Resilient, Evidence-Driven and Sustainable Path Forward (Nabeeha Kazi, Humanitas Global Development, Washington, DC)
 国連統計では2050年の世界人口は90億人で、気候変動の影響もあり8億2千万人が飢餓に晒される。健全なフードシステム構築のため、発展途上国での食糧増産と教育活動に力を入れる必要がある。
(2)人工知能と未来のフレーバー、フードイノベーション(ハメド・ファラディ、マコーミック社)
 Artificial Intelligence and the Future of Flavor and Food Innovation (Hamed Faridi, McCormick & Company)
 マコーミックは、IBMと共同で人工知能を使い「ONE」というシーズニングのブランドを開発。人工知能に、40年間蓄積したマコーミックのデータを学習させることで、味・コスト・環境負荷など様々な要素を考慮した製品の開発も可能になると考えている。研究者が思い付かない視点や迅速化がメリット。
(3)食料の未来:順応と刷新の必要性(マーク・クイコスキー、コンサル会社)
 The Future of Food: The Need to Adapt and Innovate (Marc Cwikowski, Founder & Managing Director All Food Consulting SPRL Brussels, Belgium)
 将来も確実なことは変化の継続である。変化は技術の進歩と顧客の需要に起因する。食品企業は、それに適応し、また先を読んだ行動が求められる。

2.シンポジウム: 計27セッション
(1)1日目: Food security(食料安全保障、7セッション)
 @グリホサートと穀物:小麦を外殻から分離する、A小麦の低フォーリングナンバーの謎と最終用途の品質への影響:収穫前の発芽(PHS)と成熟後期のαアミラーゼ(LMA)の詳細な調査、B天然ポリフェノールを利用し炭水化物の食事の質と健康価値を改善、C栄養素の濃い持続可能な食事:再生食品システムから消費者に関連する食品を届ける、D食品産業の動向と将来の影響(ディスカッション)、E食品の安全性と品質に関する話題、Fサプライチェーンに於ける食品廃棄:問題と解決策
(2)2日目: Innovation in the Value Chain(バリューチェーンの革新、10セッション)
 @加工澱粉:構造・生産・利用・持続可能性、AそれはCRISPR? -遺伝子編集植物-バリューチェーンへの役割と影響、B穀物タンパク質による非伝統的な機能的凝集、C穀物が「肉」になるとき:肉の代替品の変容、D穀物の最終製品の品質特性のためのゲノムツール、Eベーキングのインターフェイスメカニズム:革新の牽引、F食品産業の大麻 CBD(カンナビジオール)、G米の品質:育種・技術・市場の需要と動向、H未開拓の可能性:穀物タンパク質の機能を拡大、I栄養および機能強化のための代替タンパク質
(3)3日目: Health and Wellness(健康とウェルネス、10セッション)
 @精選されて栄養強化した穀物の主食は不当な悪者化か? A動物の健康とパフォーマンスに対する穀物と穀物の栄養的影響に関する比較見解、B栄養素の生物的利用能と食品成分の機能性に対する食品マトリックスと加工の影響、C360度アプローチ:遺伝子から腸までのアラビノキシラン、D全粒穀物イニシアチブとの世界的な合意形成、E食物繊維と腸内細菌叢の最近の進歩、F栄養成分強化による栄養強化された食物システムの共創、Gタンパク質強調表示ための課題と解決策、H健康を改善するための炭水化物の機能化:穀物とその先、Iバリューチェーンに沿った栄養–単なる金銭的な考慮以上のもの
大楠先生
大楠先生スライド
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