<第177回例会・総会>
日本穀物科学研究会功労賞受賞記念講演
シンポジウム「小麦粉周辺の問題」
日時 2019年2月2日(土) 13:00〜17:00
場所 神戸女子大学 教育センター
定例会に先立ち、
平成30年11月27日に逝去された当研究会理事・第8代会長 草野毅徳先生のご冥福を祈り
黙祷を捧げました。
日本穀物科学研究会功労賞受賞記念講演
シンポジウム「小麦粉周辺の問題」
日時 2019年2月2日(土) 13:00〜17:00
場所 神戸女子大学 教育センター
定例会に先立ち、
平成30年11月27日に逝去された当研究会理事・第8代会長 草野毅徳先生のご冥福を祈り
黙祷を捧げました。
日本穀物科学研究会功労賞受賞記念講演
「穀物科学の発展で果たした日本の役割、及び世界穀物情勢の中での穀物科学」
「穀物科学の発展で果たした日本の役割、及び世界穀物情勢の中での穀物科学」
一般財団法人 製粉振興会
長尾 精一 氏
長尾 精一 氏
この50年で穀物科学は目覚ましい発展を遂げた。化学中心だった研究手法に様々な分野の手法が導入されて「穀物科学」という新しい領域が確立し、世界の食糧問題に貢献している。以前は欧米中心だった研究が世界で行われるようになり、小麦中心だった研究対象に米が加わり、トウモロコシや雑穀などの多種類の穀物、及び豆類へと対象が広がった。これらに伴い、個人会員で構成される学会的組織のAmerican Association of Cereal Chemists(AACC)はAACC International Associationを経て、今夏にCereals & Grains Associationに名称を変更しようとしている。また、国単位が会員で国際協調を目的に設立され、分析や測定法の統一を行いながら、穀物科学の情報交換の場を提供しているInternational Association for Cereal Chemistryも早い時期にInternational Association for Cereal Science & Technologyに名称を変更した。
日本は炊飯が主食だったこともあり、1960年代までは穀物科学の研究者が少なくレベルも高くなかったが、小麦粉食品の普及と共に研究も進んだ。阿久津正蔵先生、松本博先生、清水弘煕先生のご尽力で、アメリカ、カナダ以外で初めてのAACC支部が日本に設立され、追随するように他国にも広まった。Cereal Chemistry誌への投稿が増え、年次大会に参加、発表する方も増えた。1977年に製粉協会との共催で1週間のAACCセミナーを東京で開催したことはAACCとして画期的な出来事だった。本部理事を2年務めることを要請され、AACCの国際化に尽力できた。米に関する報文も出されるようになり、研究対象の拡大に貢献した。その後の皆様のご努力によって、日本が世界をリードできるレベルになったことはうれしい限りである。
穀物は最も重要な食料で、最大のエネルギー源である。世界レベルで見ると、穀物全体の生産量は微増傾向の約26億tだが、人口増、都市化と都市への移動増、生活レベル向上で、食用の穀物需要は増え続けると予想される。しかし、米は生産及び食べる地域が限られているので、世界的に消費され、いろいろな食べ方ができる小麦のさらなる生産増が必須である。特に、途上国での小麦食用需要増への対応が大きな課題だが、温暖化によると思われる旱魃が毎年のように広範囲で起こるようになって増産に大きなマイナス要因になりつつある。畜産物需要も増えるのでトウモロコシの増産が必要だが、遺伝子組換え品種で対応する以外に手法はなさそうである。
食用穀物の遺伝子組換えの研究も進んでいるようだが、安全性をどう検証し、消費者に理解してもらう努力をどう進めるか、先進国での一部消費者の低炭水化物やグルテンフリー志向による栄養の不足や偏重問題への対応など、穀物をめぐる課題は山積している。これらの解決に向けて穀物科学の立場からやるべきこととやり方を真剣に考え、実行する時期であろう。
(講演に先立ち、日本穀物科学研究会功労賞の授賞式が行われました。)
日本は炊飯が主食だったこともあり、1960年代までは穀物科学の研究者が少なくレベルも高くなかったが、小麦粉食品の普及と共に研究も進んだ。阿久津正蔵先生、松本博先生、清水弘煕先生のご尽力で、アメリカ、カナダ以外で初めてのAACC支部が日本に設立され、追随するように他国にも広まった。Cereal Chemistry誌への投稿が増え、年次大会に参加、発表する方も増えた。1977年に製粉協会との共催で1週間のAACCセミナーを東京で開催したことはAACCとして画期的な出来事だった。本部理事を2年務めることを要請され、AACCの国際化に尽力できた。米に関する報文も出されるようになり、研究対象の拡大に貢献した。その後の皆様のご努力によって、日本が世界をリードできるレベルになったことはうれしい限りである。
穀物は最も重要な食料で、最大のエネルギー源である。世界レベルで見ると、穀物全体の生産量は微増傾向の約26億tだが、人口増、都市化と都市への移動増、生活レベル向上で、食用の穀物需要は増え続けると予想される。しかし、米は生産及び食べる地域が限られているので、世界的に消費され、いろいろな食べ方ができる小麦のさらなる生産増が必須である。特に、途上国での小麦食用需要増への対応が大きな課題だが、温暖化によると思われる旱魃が毎年のように広範囲で起こるようになって増産に大きなマイナス要因になりつつある。畜産物需要も増えるのでトウモロコシの増産が必要だが、遺伝子組換え品種で対応する以外に手法はなさそうである。
食用穀物の遺伝子組換えの研究も進んでいるようだが、安全性をどう検証し、消費者に理解してもらう努力をどう進めるか、先進国での一部消費者の低炭水化物やグルテンフリー志向による栄養の不足や偏重問題への対応など、穀物をめぐる課題は山積している。これらの解決に向けて穀物科学の立場からやるべきこととやり方を真剣に考え、実行する時期であろう。
(講演に先立ち、日本穀物科学研究会功労賞の授賞式が行われました。)
高品質コムギの育種
京都大学大学院 農学研究科
奥本 裕 氏
奥本 裕 氏
日本人のコムギ食品の消費量は年々増加する傾向にあり、近い将来にコメの消費量と逆転するのかもしれない。コメが炊飯米としての利用が圧倒的なのに比べて、コムギは様々な食品に加工され利用形態も多様である。平成10年に新たな小麦大綱が出されるまでは、日本のコムギはうどん用(麺用)品種の改良が主題であったが、国民の国産麦への要望に応える形で、最近では多様な用途に対応できる品種が登場してきている。平成10年の方針転換から既に20年近くが経過しているが、漸くその方針転換の成果が実を結んだ、ということである。コムギ育種は交雑によって複数の優良な品種から優良特性を組み合わせて利用するが、交雑によって優良な特性は一旦バラバラになるため優良特性を合わせもつものを再び選びながら時間をかけて遺伝的固定を進める作業が必要となる。優良特性の中には実際に栽培しないと評価できないもが多いので、毎年栽培して選ぶ作業を4〜5年繰り返すのが普通である。加工して利用するため、高品質コムギには、生産者にとっての高品質、加工業者にとって品質、消費者にとっての高い品質という3つの側面がある。生産者にとっては穂発芽と赤カビ病は発生すれば市場価値が激減するので、圃場での栽培に必須の特性である。製粉歩留まりや篩抜けといた品質は加工・製粉過程に必須の高品質である。さらに、製パン性や麺の官能評価は、消費者の嗜好に関連する品質として重要である。近年のコムギ育種で利用が増えてきた分子マーカーは、穂発芽耐性、耐病性、製パン性と直接関連している。分子マーカーと戻し交雑という手法を使って優良品種の製パン性や耐病性を改善する育種が可能となった。さらに、遺伝的固定を進めるために利用されているのが倍加半数体である。コムギはトウモロコシ花粉を交配すると受精し一旦は雑種の細胞が形成される。ところが、細胞分裂が進むとトウモロコシ花粉が脱落してコムギの染色体だけが残る現象が観察できる。本来、コムギ同士の交配であれば両親から一揃いの染色体を受け継ぐので親と同じ染色体数をもつが、トウモロコシ花粉を受粉した個体は父親からの染色体を受け継いでいないので半分の染色体数しかもたない半数体となる。これを培養してコルヒチンで染色体を倍加させると、1世代で遺伝子型が固定した個体を得ることができる。両者を組み合わせて用いれば、少ない年数で優良品種を開発することも可能になる。一方、日本で消費されるコムギに大半はアメリカ、カナダ、オーストラリアから輸入されている。1CWはカナダ産のパン用コムギ、PHは中華麺用のコムギ、HRWはアメリカ産パン用、ASWはオーストラリアうどん用コムギの代表的な銘柄として有名である。これらの銘柄は日本の品種とは大きく異なりブレンドを前提にした製品になっている。試しに輸入されている原麦を一粒ずつ調べた結果、複数の品種をブレンドしてそれぞれの用途に適したコムギ粉になるよう予め調整している様子が伺える。今でこそ、ASWがうどん用の銘柄として最上位に位置づけられているが、パン用コムギの市場を取ることができなかったオーストラリアの攻めの育種戦略が成功した好例である。その当時、日本の製麺業者を招いてうどん作りを学び、うどんに適した銘柄を作出して日本に売り込んだのである。もともと、乾燥地で栽培されるコムギは穂発芽に弱いものが多いが、不思議と果皮に着色する日本のコムギは穂発芽耐性が強いものが多い。着色と穂発芽との因果関係ははっきりとは解明されていないが、日本品種から挽いた粉はやや着色があり、着色しないコムギ品種で構成されるASWから見た目に白いうどんができる。こんな些細な違いも、ASWがうどん用として重宝される要因の一つになっている。アメリカ、カナダ、オーストリアがコムギを重要な輸出品として位置づけ戦略的かつ国家的な育種を進めているのに対して、日本では国内の消費動向を見ながら高温湿潤な風土で少数の育種家の創意と工夫で進められている。
糖の量ではなく、質を考える。パラチノースで適糖生活
三井製糖株式会社 事業創造本部
稲葉 千裕 氏
稲葉 千裕 氏
「糖質制限」という言葉が登場してから数年が経過した。短期的に減量の効果のある糖質制限は既にブームではなく世間に浸透した考え方となっている。実際に程度の差はあれ、3人に1人は糖質制限の経験があるというデータも有るほどだ。しかしながら、過度な糖質制限は筋肉量の低下によりリバウンドしやすい体質となる、脳のエネルギー不足により集中力が切れるなど、身体の不調を感じる人も多い。また、日本人のエネルギー摂取量、糖質摂取量は年々減少しており、特に若い女性は痩せすぎにより低体重児を出産するリスクが高まっている。
商品開発の立場からも問題は多い。糖質制限商品は使用できる原材料が制限されコストが高くなる。物性が異なるので開発に時間がかかる。さらには美味しさに欠け消費者がリピートしない。などの問題があり、特に粉と糖を多く使用するお菓子の分野でその傾向は顕著である。
そこで、スプーン印の三井製糖では糖質をむやみに制限するのではなく、糖の質を考えながら上手に摂取すること推奨している。
糖質制限する理由は糖質摂取による血糖値の乱高下を避けようとする方法為である。同じように血糖値の乱高下を避ける方法として、三井製糖ではパラチノースという糖質を推奨している。パラチノースは小腸で全て吸収されるためエネルギー量は砂糖と同じ4kcalであるが、砂糖の約1/5のスピードで吸収される二糖類である。糖質の吸収スピードをゆっくりにすることで血糖値を極端に上げずに一定のレベルで持続させることができる。医療分野では安心して摂取できるエネルギーとして、スポーツ分野では持続するエネルギーとして利用されてきたが、近年の健康意識の高まりを受けて百貨店や個人店舗での商品化も増加している。物性も砂糖に類似していること、また他の糖質の吸収スピードも緩やかにする効果があることから、小麦粉や砂糖との併用が可能でありレシピの一部置き換えで健康に配慮し商品を作ることが出来る。このような開発の容易さもメリットであり、美味しさと健康の両立を実現できる素材である。
糖質は決して悪者ではなく、日本の和食文化や美味しさをベースとした食の楽しみにも不可欠なものである。短期的ではなく長期的に、人々の美味しさと健康を支える為に糖質の避け方ではなく、糖質との上手な付き合い方にも注目してもらうためパラチノースをデータや採用例を元に紹介する。
商品開発の立場からも問題は多い。糖質制限商品は使用できる原材料が制限されコストが高くなる。物性が異なるので開発に時間がかかる。さらには美味しさに欠け消費者がリピートしない。などの問題があり、特に粉と糖を多く使用するお菓子の分野でその傾向は顕著である。
そこで、スプーン印の三井製糖では糖質をむやみに制限するのではなく、糖の質を考えながら上手に摂取すること推奨している。
糖質制限する理由は糖質摂取による血糖値の乱高下を避けようとする方法為である。同じように血糖値の乱高下を避ける方法として、三井製糖ではパラチノースという糖質を推奨している。パラチノースは小腸で全て吸収されるためエネルギー量は砂糖と同じ4kcalであるが、砂糖の約1/5のスピードで吸収される二糖類である。糖質の吸収スピードをゆっくりにすることで血糖値を極端に上げずに一定のレベルで持続させることができる。医療分野では安心して摂取できるエネルギーとして、スポーツ分野では持続するエネルギーとして利用されてきたが、近年の健康意識の高まりを受けて百貨店や個人店舗での商品化も増加している。物性も砂糖に類似していること、また他の糖質の吸収スピードも緩やかにする効果があることから、小麦粉や砂糖との併用が可能でありレシピの一部置き換えで健康に配慮し商品を作ることが出来る。このような開発の容易さもメリットであり、美味しさと健康の両立を実現できる素材である。
糖質は決して悪者ではなく、日本の和食文化や美味しさをベースとした食の楽しみにも不可欠なものである。短期的ではなく長期的に、人々の美味しさと健康を支える為に糖質の避け方ではなく、糖質との上手な付き合い方にも注目してもらうためパラチノースをデータや採用例を元に紹介する。
2018年度総会の様子